こんにちは!大阪府豊中市に事務所を構え、京阪神一帯においてビルやマンションなどの大型建設物建築の際の足場工事に携わっている株式会社鈴木興業です。
弊社は、代表をはじめとした経験豊富なスタッフが揃っており、タワークレーンや工事用エレベータ―の設置まで幅広く行っております。
今回はとびの歴史の中で特に脚光を浴びていた江戸時代にフォーカスして、ご紹介させていただきましょう。
ぜひ最後までおつきあいください。

140種ある職の中のエリート


飛鳥時代に始まったとびの仕事は、江戸時代にとても注目されることになります。
当時の職人の種類は、実に約140種類もあったとされています。
その中で「大工」「左官」「とび」は「華の三職」と呼ばれていた代表的な仕事です。
江戸の街を築き上げていく仕事は、当時の庶民にとって華やかで憧れだったのでしょう。
「大工」「左官」「とび」は現代においても必要不可欠な分野ですが、その歴史は古くから続いているものなのです。

江戸時代の高給取り

江戸の町人の一般的な給金が300文ほどだったとされる中で、華の三職は実に540文だったといわれています。
これだけでも倍に近い額面です。
また、朝早くから夜遅くまで働いた日の日当は1000文で、町人の実に3倍以上の高給になります。
このように、当時でも高い技術と専門性に対しては、高い給金が支払われたのです。

お江戸のスターだったとび職人

木造の家屋が町中にびっしり立ち並んでいた江戸時代の有名な言葉に「火事と喧嘩は江戸の華」というものがあります。
その言葉があらわすように、当時の江戸では火事が頻繁に起きていました。
2、3年に1度は大火災が起きて、その度に数千から数万人の犠牲者が出たそうです。
そんな折に大活躍をした消防組織「火消」のメンバーのほとんどはとびを本業としていました。
当時は建物を壊すことで火が燃え移るのを止めていたそうです。
類焼や延焼を最小限に抑えていました。
命がけで町を火から守り、しかも焼け跡を再建する華の三職は、当時の江戸の庶民にとって憧れのスターだったのです。

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